毒男クロニクル・・・・ 44歳毒男のダメ年代記 闘病編

骨髄移植を行い、妹の血が俺の体内を駆け巡り、生かされて生きている男の年代記

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そうだ、あの世へ行こう②

9月8日以降、仕事休んで部屋で一人で寝てました。
体調は、心臓はフル回転、脳に酸素が回ってないのか、
頭はクラクラ、PCの電源なんて入れる気すらしないし、
何かしようとしても、やる気が出ない。
俺は幽霊10体ぐらいを背負っているのかなと思えるぐらい
体が重いし、服を着替えようとしても30分程度かけないと
体が動かないぐらい辛い。
100m程歩くと辛くて休憩
アパートの4階にも登れない
階段途中で休憩して、4歳ぐらいの女の子に、「おじさん大丈夫?」
と言われる始末
部屋での移動は四つん這いもしくはゴロゴロと
あの世への思し召しはもう少しと思いつつ

そんな中で助けられたのが部下達
立ち替わり入れ替わりやってきてくれて、差し入れを
置いて行ってくれる。
でも、それが、スポーツ飲料とヨーグルトが半数以上
気の効いた奴は、缶詰やパックおかゆを置いて帰って
くれますが。
ヨーグルトばかり食べるという変な生活を過ごしておりました。
泊まって看病してくれる奴も居るのですが、ちょっと有難迷惑
「俺が苦しんでいても、救急車等を呼ぶなよ。武士の情けで、
死んだのを確認してから連絡してくれ」と言っておきました。

問題なのが上司
入院しろー、実家え帰れ―と口うるさく言われる始末
こちらは、死ぬのを待って寝ているのにまったくもって迷惑な話。
最期ぐらいゆっくりさせてくれよってかんじです。
私が上司だとしても、同じようなことを言うでしょうけどね。
かかりつけの医者に連絡して入院や輸血をするように頼んだり
したようですが、
最後は実家に連絡とって沖縄まで迎えに来てくれと連絡
とったようです。
いや、それ、一番迷惑なんですけど。

そんなこんなで、結局最後は親と妹で迎えに来ることに
で、問題が飛行機
こんなやつが飛行機に乗れるのってことになり、医者の
判断を仰ごうということで、かかりつけのC病院へ行きました。

既に8月は、Hbが2台で4回も乗ってますが・・・


C病院生活①へ続く

#甚だ迷惑な奴ですねぇ
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そうだ、あの世へ行こう①

#現状系の話題である”移植への道”と、
#だるすぎてブログ更新しなかった時期の記事が
#ごちゃまぜになって掲載されています。
#時系列で綺麗に並んでないのでご注意ください。



わたしの仕事は、本来なら肉体系のお仕事だったりします。
そのような仕事でさすがに輸血しながら勤務というのは
まったくもって理にかなっておりません。
足手まといにしかならないので。

よって、もうだめぽなときは、自然死もしくは潔く
自殺しようと思ってました。
親に迷惑をかけ、見取らせることだけはしたくなかったので。

9月初旬から体が動かなく代休や年休を取得して休んでおりますが、
一度実際に吊りに行きました。
人のこない海岸近くの木にロープをかけ、後は足場にしている
収穫カゴを蹴れば逝ける状態で2時間程頑張りました、
結局逝けず・・・・とほほ
自殺って、余程精神力が強くないとできないよなぁとつくづく

まあ、心臓もときどきエンストしながらも100回転でフル
運転しており、そのうち壊れるだろからまあいいかと
下宿に戻って寝ておりました。

主治医には申し訳ないですが輸血を何度も進められても
拒否しておりました。見るに見かねて武士の情けでしょうか
麻薬であるモルヒネ系の痛みどめを処方くれることに。
どうも末期がんの人の痛みを抑えるための薬のようです。
この薬が良く効いて、胸の痛みがスーと引いていく。
ただし、嘔吐、頭痛、に悩まされることに。
とにかく、起きれば吐きたくなる感じです。
麻薬かしれないけど、全然気持ちよくなるどころか、
嘔吐ばかりしたくなるという糞薬
こんな薬、麻薬代わりに誰も飲まんでしょと思いつつ・・・・
ちなみに、1錠250円程するらしい。

移植への道①

 9月27日に沖縄から京都へ帰ってきました。
秋の京都は空の色も沖縄のように力強い青ではなく淡い水色
銀杏なんかも少し色づき、空気も澄んで心地よい気候でした。

2014092918590000.jpg

今日は移植することになると思われる病院へ初めての通院
紹介状をもって、いざ鎌倉へ

外来で色々と話を聞く。
現実はあまり甘くはないようだ。
HLAという白血球の形があわないと、移植が不可能らしい。
それと、困難がことが山積みのような

1 検査内容は、血液、尿、心電図、胸部レントゲン、骨髄液採取
2 HLA検査キットを自分と妹分の2セット受け取る。
  採取方法は、頬の内側を綿棒の親分で15回ほどなでるだけ。
3 HLA検査結果が出るのは、早くて1週間後
5 検査等も含め、入院を勧められる。
6 妹とHLAが適合する確率は25%
7 HLA検査は一人あたり3万円
8 本日の検査費用だけで3.3万円


金が湯水の如く飛んでいくよな・・・・

いつ頃わかったの?

発覚したのは、8年前の職場の健康診断で、血小板値が
低いので精密検査を受けるように指示され、検査して発覚しました。
検査方法は、胸の骨に小さな穴をあけ、骨髄液を取り出して検査しました。
そんな大層な病気じゃなく、薬飲めば軽く治るぐらいの
病気だと軽く考えていたのですが、数日後病院へ検査結果を聞きに行くと、
骨髄移植すれば何とかなるかもしれないとか、そういう深刻な話が・・・・
勇気を振り絞って余命を聞くと5年と言われました・・・・・

一応、このことは職場、親、京都の友人女性には告げました。
転職もスキルアップが出来て安定してやる気も出て1年弱経過したし、
自分が36歳で、友人女性が32歳でお互いに結婚を考えないと
ヤバい年齢だよなぁとか思いつつ、幸せな将来ビジョンを描いて
いたところへ、お前の寿命は5年という告知
マジでショックで布団にもぐって泣き倒しました。

どんな病気と闘うわけ?

健康体の人の血液は簡単に言うと、骨髄中の造血幹細胞という
細胞で作られています。私の場合は、この細胞が癌化して、
まともな血液を作れない状態になっているのです。
最初は癌化している細胞の比率が低かったようですが、現在は
癌化した細胞ばかりになり、ほとんど造血してないような状態のようです。
私の場合は、最初に血小板に出てきて、次に赤血球に出てきました。
白血球に関してはまだ大丈夫なようです。
怪我等すると血小板が少ないので出血がとまらないですし、
ヘモグロビンに関しては、そのまま死のうと思っていたので、
2.2ぐらいまで下がってました。
仕方なくしばらく入院してましたが、この値には看護師さんも
驚きでした。

闘病編のはじまり

 これを記入しているのは9月27日です。
色々とあって、孤独死をしたかったのですが、
病気を寛解するため骨髄移植をすることに決めました。
以前からはく血病(病名は数少なめの難病で同僚等からサーチに引っ掛かると困るので出しません)の親戚の病気になっていたのです。
ということで、今回から闘病編の始まりとします。

だめかもしんない

帰りの飛行機のなかで風邪をひいてから体調わるすぎ。
しばらく更新がなければ、ご察しください。

あはは、ヘモグロビンが減り過ぎて
心臓が不整脈でときどき停止しているし。

アパートの4階へ上るのが一苦労だし。


寝ている間に逝ってくれればらくなんですけどねぇ
薬で治る病気じゃないので、延命する気なし

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プロフィール

蜂飼候補生

Author:蜂飼候補生
骨髄移植、腰椎圧迫骨折、小腸GVHD、ステロイドによる筋力低下、糖尿、肝臓、各種副作用のコンボ

退院したと思ったら、今度は胆石で各種GVHD復活

筋力も低下して、トイレに行くのが精いっぱい

希望が見えると、奈落へ落とされるこの人生
人生ウルトラハードモードで生かされて生きてます。

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